人体にあるプロトン(磁石)の数
【MRI基礎知識】プロトンの特徴と磁気モーメントの発生のしくみでは、プロトン1個1個が磁気モーメントを持つことを説明しました。
人体を対象とするMRIでは、このプロトンの磁気モーメントを利用しています。では、人体にはどれくらいのプロトンがあるでしょうか?
人体のさまざまな物質にプロトンが含まれていますが、計算しやすいように水だけに注目してみます。
水1g当たりのプロトンの数
水1molは18gです。1molに含まれる水分子は6.02×1023個なので、1gの水には(6.02×1023)/18=3.3×1022個の水分子があることになります。
水(H2O)には2つのプロトンが含まれていますので、プロトンの数は1g当たり2×3.3×1022となります。
つまり、水1g当たりには6.6×1022個の水素原子(プロトン)があることになります。
体重60kgの人が持つプロトンの数
人体の約80%は水で構成されていますので、体重60kgの人の場合48kg(48リットル)分の水があります。
48000(g)×6.6×1022=3.17×1027個 となります。
想像もつかない量ですが、とにかく膨大な数のプロトン(磁気モーメント)があります。
人体は巨大な磁石??
磁気モーメントがたくさんあるなら人体は磁石みたいになるの?
確かに、これだけの磁気モーメント(磁石)があれば、体に金属がくっついてしまいそうです。
でも実際には、そんなことは起こりません。
その理由は次の2つです。
① 1個のプロトンが作る出す磁場は非常に小さい
プロトン1個が作り出す磁場は非常に小さいため、金属を吸着するほどの磁力はありません
② お互いに磁力を打ち消しあっている
体内のプロトンは、ランダムな方向を向いています。
そのため、近くのプロトン同士で磁力を打ち消しあってしまい、磁力の総和はゼロになります。
・プロトンが作り出す磁場が非常に小さい
・プロトンは、お互いの磁場で打ち消しあってしまう。
つまり、プロトン1個1個は磁気モーメントを持っていますが、観測可能な磁気モーメントはありません。
だから、人体が磁石みたいになることはありません。
静磁場によって巨視的磁気モーメントが発生するしくみ
さて、ここまで説明した通り生体内ではプロトンはランダムな方向を向いているため、観測可能な磁気モーメントは発生しません。
しかし、磁気モーメント(磁界)が無いと、MR信号取得に必要な「電磁誘導」現象を利用することができません。
そこで登場するのが、「静磁場」です。
MRI装置と静磁場
静磁場は時間的に変動しない磁場のことです。MRIでは、装置本体の静磁場コイルによって作り出されます。(常電導、超電導タイプの場合)
磁場の強さは、医療用では、0.5T(テスラ)~3.0T(テスラ)が使われます。
この磁場の強さは、静磁場強度や磁場強度と呼ばれます。
MRI装置のトンネル内は、非常に強力で、しかも均一な磁場が保たれています。
静磁場によるプロトンの整列
人体がMRIのトンネルに入ると、強力な静磁場(外部磁場)の影響を受けます。
すると、それまでバラバラな方向を向いていたプロトンが、静磁場に平行な方向に並びます。
このときプロトンは、エネルギー準位の高いプロトンと低いプロトンの2つに分かれます。
なぜ2つにわかれるの?
この「2つ」にわかれる理由はプロトンの性質に関係しています。
スピン量子数とエネルギー準位
磁気モーメントを持つ原子が静磁場にさらされた時、エネルギー準位に変化が現れます。
この時、原子がとる可能性のあるエネルギー準位の数はスピン量子数(S)で決まります。
原子がとる可能性のあるエネルギー準位の数??「準位」ってなに?
量子力学では、原子が持てるエネルギーの値は決まっています。
1、2、3・・・・と任意の強さのエネルギーが持てるのではなく、10、20,30といった決まった固有値しか持てません。
この決まったエネルギーの固有値のことをエネルギー準位と呼びます。
原子が持つエネルギーの固有値であるエネルギー準位の数は、原子の種類によって違います。
エネルギー準位の数を決めるスピン量子数
エネルギー準位の数を決めているのがスピン量子数(S)です。
スピン量子数(S)は、素粒子固有のスピン角運動量の大きさを表す値です。
このスピン量子数から、原子が持つエネルギー準位の数を計算することができます。
エネルギー準位数の算出
エネルギー準位の数は、スピン量子数をSとすると、2S+1 で計算できます。
1Hプロトンと13Naナトリウムを例にすると
となります。
プロトンの場合は、スピン量子数(S)は1/2なので、エネルギー準位の数は2個です。
13Naの場合は、スピン量子数(S)は3/2なので、エネルギー準位の数は4個になります。
この計算式より、プロトンのエネルギー準位の数は2個ということがわかります。
プロトンの持つ2つのエネルギー準位について
さて、プロトンは2つエネルギー準位をもっています。
そのため、プロトンは静磁場内に入ると高低2つのエネルギー準位に分かれます(ゼーマン分裂)
<エネルギー準位図>
2つに分かれたプロトンの数の割合
ゼーマン分裂によってプロトンは2つのエネルギー準位に分かれますが、必ずエネルギー準位の低いプロトンの方が多くなります。(ボルツマンの分布則)
その数は、1.5TのMRIで20万個に1個の割合となります。
20万分の1個というと少なく感じますが、水1mg当たりに換算すると335兆個も多くなります。
静磁場方向の磁気モーメントの発生
エネルギーの低いプロトンは、静磁場方向に磁気モーメントを持っており、エネルギー準位の高いプロトンは静磁場と逆向きの磁気モーメントを持っています。
両者は打ち消し合いますが、静磁場方向を向く磁気モーメントの方が多いため、その差が静磁場方向の磁気モーメントとして残ります。
この磁気モーメントは観測が可能なほど強く、巨視的磁気モーメントと呼ばれます。この磁気モーメントが、電磁誘導での「磁石」の役割をします。
だから、MRI検査では巨大な磁石の中に入る必要があるんです。
プロトンの歳差運動と巨視的磁化ベクトルの発生
ここまでの説明で、プロトンの自転によって磁気モーメントが発生し、静磁場に入ることで巨視的磁気モーメントが生まれることを説明しました。
プロトンは、静磁場内では自転に加えて回転運動を始めます。
【歳差運動】
この回転運動は「歳差運動」と呼ばれます。
この回転によって巨視的磁気モーメント(緑矢印)が回転をします。
巨視的磁気モーメントは、静磁場方向に対して55°または125°の角度を軸にして回転しています。
この時、回転する巨視的磁気モーメント(緑矢印)のベクトルの和が、巨視的磁気モーメントの総和である巨視的磁化ベクトル(赤矢印)になります。
先ほども説明したように、静磁場方向(左図)のプロトンの数が多いため、最終的に静磁場方向に巨視的磁化ベクトルが発生します。
この静磁場方向を向いた巨視的磁化ベクトルを「縦磁化」と言います。
まとめ
プロトンの自転によって発生した磁気モーメントが、静磁場によって巨視的磁気モーメントとなり、歳差運動によって巨視的磁化ベクトル、つまり縦磁化になる仕組みを解説しました。
でも、この縦磁化は変動していないのでMR信号として検出できません。
そこで必要になるのが、次回紹介する「横磁化」です。
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https://mri-note.com/rf-pulse-lateral-magnetization/